リンカーンの人種差別発言

南北戦争(1861年4月~1865年4月)は、アメリカ合衆国と南部連合との間で闘われた国内戦です。双方あわせて62万人(北軍36万人、南軍26万人)という戦死者を出した悲惨な戦いでした。

戦争の直接のきっかけは、新たに開拓された西部にも奴隷制を拡張しようとする動きがあり、これに反対するリンカーンが1860年に大統領に当選したことでした。

戦争中の1863年1月、リンカーンは奴隷解放宣言を出しました。合衆国側の勝利により、戦後奴隷解放が法的には実現しましたが、黒人の人道的・人権的立場は放置され、なし崩し的に差別制度が存続してしまいました。

戦後、南部を市場に組みこんだ産業資本主義は、飛躍的に発展しました。この戦争の本当の仕掛け人は、西部市場や南部市場を狙っていた産業資本主義であり、市場拡大、さらなる利益追求をした結果ではなかったでしょうか。

ですから合衆国(北)やリンカーンの真のねらいはそこにあり、奴隷解放ではなかったものと思われます。その証拠が、つぎのリンカーンの発言に露骨なほど現れています。

ブレンダ・E・スティーヴンソンの『奴隷制の歴史』(ちくま学芸文庫、所 康弘・訳)から引用します。このとき(1858年)、リンカーンはまだ大統領ではなく、公の場で有権者に向けた選挙演説での発言です。

白人と黒人の人種間には、物理的な違いがあり、この両人種が、社会的・政治的に、平等な条件で共存することは、永久に不可能であると確信している。

 

そして共存できない以上、両人種がともに暮らしている間は、お互いの立場や身分に、優劣をつけなければならない。

 

私は、ほかの誰よりも、白人に優位な立場を与えることに賛同する。

いやはやなんとも、南部の差別主義者のような過激な発言に聞えます。ここで言う「物理的な違い」とは、原文が”physical differences”であれば、「肉体の機能上の違い」と訳せばわかりやすいのではないでしょうか。

つまり、黒人は単純肉体労働に適した肉体機能をもっているが、白人はそうではないと言いたかったのではないでしょうか、リンカーンは。

そんな立場や身分に、なぜ優劣をつけなければならないのか、その論理の飛躍に私はついて行けません。ここは今後もっと研究しなくてはなりません。

しかしリンカーンの演説の対象は、おそらく大多数が白人有権者なので、その人たちの権益を守るぞ、ということを強調したかったのではないかと想像します。

こうしてみると、少なくともこの時点では、リンカーンは奴隷制度下にある黒人に人道的・倫理的に接していないし、同情もしていないように思われます。

そのリンカーン自身の本音・信念もあり、その後の後継大統領も代々黒人の人権や地位向上に真剣に取り組まなかったので、その後長く黒人の立場・環境は辛いものとなりました。

これら一連のアメリカの事例は、人種間の差別をなくしていくうえで、貴重な歴史的体験とも言えるでしょう。活かしていかない手はありません。