トヨタ生産方式⑱ 鈴村喜久男 SUZUMURA,Kikuo

よいトヨタ本の紹介
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よいトヨタ本をブックオフで見つけ、読んでみました。
『生きる哲学 トヨタ生産方式』岩月伸郎(幻冬舎新書)です。

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この本によって、今までよくわからなかった、トヨタ生産管理部生産調整室の2人、鈴村喜久男張富士夫の言動、活躍ぶりがよくわかりました。

著者は、元トヨタ取締役でデンソーに移籍して副社長を務めた岩月伸郎です。
この人は、1970年から1978年までの8年間、大野耐一の専務、副社長時代にそば近くに仕え、手取り足取りの指導を受けたとのことです。

そして、「張さんには懇切丁寧に、鈴村さんからはこづき回されながら」指導を受けました。

鈴村喜久男の言動
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今回は鈴村喜久男について、この本から引用したいと思います。

その前に、亡くなった私の元同僚コンサルタントMさんは、トヨタ系の関東自動車の出身でした。生前鈴村さんについて語っていたのは、その恐ろしさでした。鈴村一派が指導のため来社したとの情報が流れると、生産関係者は我先に一斉に姿をくらました、とのことでした。

1970年にトヨタ生産方式の講義に参加したまだ新人の岩月伸郎は、内容が理解不能で、できない言い訳をしたところ、鈴村から次のように怒鳴られました。

「てめえは何だ!? くちばしの黄色い若造が、きいたふうな口をきくな!!」

 

「そこの若いの! 残っとれ!」

 

「さっきは怒鳴りつけて悪かったな」

 

「俺の言っていることをおかしいと考えるのは無理もない。お前は間違ったことを教えられてきたんだからな。だから、お前は勘違いしている」

 

「正しいことを教えてやろう。明日から、ここにいる張の後ろをついて歩け。現場で、いろんなことを勉強しろ」

 

私と“トヨタ生産方式”との本当の付き合いが、このときから始まることになったのです。

大野耐一と鈴村喜久男
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大野さんが始終、鈴村さんに言っていたことがあります。

 

「お前は教育ママだ。相手が困る前にすぐ、ああせえ、こうせえと具体的なことを言う。だからいかんのだ」

世の中には、恐ろしい教育ママがいたものですね。

大野さんがフィロソフィーとコンセプトを語ると、鈴村さんがそれを受け止め、具体的に設備機械や物流工程にどう落としこめばいいか、あるいは人の働き方なら、効率を高めるにはどんな所作がいいか、などを考え出していきます。

トヨタ生産方式は、大野さんと鈴村さんが二人三脚で創り上げたものだと私は思います。

鈴村さんなくしては、今日の「トヨタ生産方式」という革命的な体系はできあがらなかったことでしょう。

鈴村さんは最終的に、大野さんがトヨタ自動車の副社長を引退した1年ほど後に、自己都合で退社しました。そのときの役職は、あれだけのことをやり遂げながら、なぜか厚遇されたとは言いがたい、生産管理部生産調査室の部長級の主査、というものでした。